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7.30 恨みは、孫末代まで語り継ぐ、水に流す、殺して気がすむなら殺してくれ!文化もいろいろ。

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 国家間の日韓問題がこじれにこじれて、両国民にまでそのとばっちりがきてしまい、互いの国際交流行事が相次いで中止になっています。これを聞いて、憂鬱になりました。
 国家と国民は密接な関係にあって、切っても切れない縁にあるも、支配と被支配が付いて回り、国際問題となると、国民にとっては複雑で微妙な問題となります。というのは、異国の人たちとの交流がある場合、その当事者にとっては国家間の軋轢は、せっかく築き上げた友好関係に水を差しかねないからです。
 外交という国家間の問題、交流という人々の間の問題、これをちゃんと分けて論ぜねばならんでしょう。これをごちゃまぜにしてしまおうとするのが国家というものです。時の為政者は、国内問題の失態から逃れるための便法として、国民を対外問題に目を向けさせるのを常套手段にしています。今の韓国の大統領、文在寅氏が何年か前からその候補に挙げられていたときから、彼は政治家としては無能であって、大統領になったら反日攻勢をかけてくるのではないかとうわさされていたのを思い出します。それがどうやら現実のものとなってしまいました。実に困った問題です。

 ところで、日本(大日本帝国)が朝鮮を併合し、朝鮮人を支配した事実、この歴史的事実を、国民の側から正しく認識する必要があります。
 まず、日本側からの捉え。20世紀初頭、世界的に植民地支配の最終段階にあって、大日本帝国としては、朝鮮、満洲支配は、列強と互角に対峙する上で必要不可欠なことであり、特に朝鮮は対ロシアを考えたとき、ロシアに絶対に利権を与えられない地域でした。朝鮮併合によって、ロシアの進出が食い止められ、大日本帝国の国民(本邦の日本人のみならず朝鮮人も)は、ロシアによる殺戮を免れることができたと評価できましょう。
 でも、朝鮮側からは違った捉え方となりましょう。朝鮮王朝は清朝の冊封体制に組み込まれていたが、最初にロシアが入りかけ、そこへ日本が割り込んできて、大韓帝国(冊封からの離脱に際し名乗った)を植民地化するにとどめず、併合までしてしまった。文明も文化も劣っていた野蛮人である日本人に支配されるという、この屈辱、これには耐えられない。加えて、日本語教育、神道教育などなど誇り高き朝鮮文化を踏みにじる暴挙に打って出たことは許しがたいことである。ということになりましょう。
 この朝鮮側からは捉え方は、皆が痛切に感じたことでしょう。
 この点が、らしい文明も文化も育っていなかった台湾との大きな違いです。加えて、台湾の場合は日本支配よりも大陸から逃げ落ちてきた蒋介石一派の圧政がひどかったことにより、その比較から、親日傾向がとても強いという特殊性があります。

 朝鮮は、その地形的な側面から大陸文化が大きく入り込んでおり、これは中国大陸のみならず欧州大陸と同様に、激しい戦乱にもまれて生み出された文化です。地球を襲った寒冷化、これは歴史時代にも何度かあったのですが、その度に大陸中で、すさまじい殺戮・略奪が行われ、時には民族大移動も起きたのです。これが恒常化し、歴史時代は戦争に明け暮れたと言っていいでしょう。ここに、「侵略は正しい、略奪は正しい」という文化が生まれ、現在の国家間の紛争は正にこれですし、それに止まらず大陸に住む人々の根っこには、今でもこれが残っていると考えるべきです。平和ボケした日本人には思いもよらないことですが。
 そして、こうした文化の下では、侵略・略奪を受けた場合には「恨みは孫末代まで語り継ぐ」というものです。少なくとも「あの時に受けた屈辱は決して忘れない」ということになってしまうのです。
 こうした、いわばインターナショナルな、今風の言葉ではグローバルな文化を持たないのが日本人であって、「そんな昔のことは水に流して仲よくしようと」と、ノー天気なことを、日本人は皆そう思っているでしょうが、これは世界では全く通用しないのです。
 大陸がどこもかも歴史時代、少なくとも2千数百年間にわたって侵略され略奪されるという苦汁を味わい続けていた間、大陸から離れた島国の日本人は、島内で多少の小競り合いがたまにあっただけで、一時、元寇で緊張したものの、ずっと平和に暮らしていましたから、安寧を得るには「水に流す」というのが、国内的に一番の解決策となったにすぎないのです。

 ところで、もっと遅れた文化もあります。というか、崇高な文化が。
 それは、未開の地。「ニューギニアの原始食人族」の実態を1960年代に調査された食生態学者・西丸震哉氏の著「食生態学入門」から紹介しましょう。「食人族」というと激しい殺戮を繰り返しているやに思われますが、実態はまるで違います。それを説明すると長くなりますので、単に未開の地の民族文化と捉えてください。
 …ニューギニアの原始食人族には味に関係ある単語がひとつもない。ないということは必要がないことであり、意味がないことでもある。この地はほんとうにきれいさっぱりなにもない社会で、…盗み、不信、およそ人間社会にはごく当たり前にあるのも、…邪悪なもの、全てが存在しない平和な地であった。…
 原始社会人がわれわれよりも野蛮であるかどうか、ニューギニアの原始食人族と生活を共にすることで知ることができた。かれらは生きている人間の尊厳性を大切にすることでは、文明社会人よりも上である。いつもだれかが私の行動に注意していて、少しでも疲れているなとわかると、すぐに手をかしてくれるし、私がなにかをしようと考えると、その希望を正確に知って、たのみもしないのに喜々として先まわりしてやってくれてしまう。少しでも私がいらいらさせられたりすれば、たいへん失礼なことをしてしまった、と私の前にすわって殺して気がすむなら殺してくれという。
 人の心を傷つけることはかれらの社会では最悪の行為であって、そのために殺されても文句はいわないというのが、かれらの社会のごく一般的規則である。
 私が気安くかれらの失敗を許すと、そのあとは同じ失礼なことを二度としないように、絶大な注意を払うよになる。
 文明社会人では人の心を傷つけることをなんとも思わず、平気でそれをくりかえすのは、この原始社会人と比較したとき、本質的に野蛮なのはどちらなのかを考えさせられる。…
(引用ここまで)
 この文化は、相手に恨みを買われたら「殺して気がすむなら殺してくれ」と心から思うという、実に崇高な文化です。「水に流してくれ」なんていう甘っちょろいものではないのです。かくも文化には違いがあります。
 朝鮮人は、その過去の栄光から日本人を野蛮人と捉えているのですが、日本人はニューギニア食人族を野蛮人と捉えています。この捉え方が間違っているわけではありません。文明の遅れと一体となった、世界標準の文化の遅れ、これをたまたま野蛮と言っているだけのこと、そう捉えたほうがいいでしょうね。
 さて、この野蛮性を捨てたほうがいいのか否か。考えさせられます。
 今、グローバルスタンダードが行き詰まりをみせ、逆行現象が起きています。米国トランプ大統領の施策がそうですし、英国のEU離脱が顕著な例です。この際、思い切って文化も逆行させたらどうでしょうか。どの国の国民も認めようとしない「水に流す」文化を、日本発で大きく持ち出してはいかがでしょうか。殺伐とした大陸文化、これでは心の安寧が得られませんよね。理想は、ニューギニア食人族の文化ですが、これを持ち出すとなると、日本人は全員が命を差し出さねばならず、これは御免こうむるしかないですが。
 それにしても捨てがたいニューギニア食人族の文化、これは日本国内での人と人の付き合いには使えるでしょうが、なんだか殺伐としだした日本文化ですから、使うとしても、よほど慎重に吟味してから取り掛からねばならんでしょうねえ。

(参考記事)
 韓国人気質というものはどんなものか。韓国文化を知るうえで参考になりそうなものを過去記事「韓流100話」(木口政樹さんの著「おしょうしな韓国 ほのぼの韓流100話」からの抜粋)で紹介しましたが、そのなかから主だったものを下に貼り付けておきました。お時間がありましたら、お読みください。
12.15 韓流100話(その9)「大きいことはいいことだ」
12.16 韓流100話(その10)「カッコつける」
1.30 韓流100話(その15)「女性(女性のたくましさ)」
2.6 韓流100話(その17)「学力社会&若者文化」
2.27 韓流100話(その23)「お年寄り」
3.14 韓流100話(その26)「職業」
4.13 韓流100話(その32)「ジョッポ(族譜)」
4.15 韓流100話(その33)「ヤンバン(両班)」  
 
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
 8品思い出す。うち1品は別のもの。他に2品。7/10で70点

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.29 メロンがなんとか採れだした

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 須賀前の畑に4畝計40株を栽培しているメロン。昔ながらの小振りのメロンであり、品種は「みずほニューメロン」。それが25日の朝にはほとんど枯れてしまった。それまでに完熟して収穫できたのはわずか数個。いかにも残念であり、25日には、完熟にどれだけか近いものを贈答用に送り、まだ未熟だが食べられないことはない数多くのメロンは一族郎党に訳を話して発送した。
 4日後の今日(29日)現在、なんとか枯れずに生き残っているのは10株ほどあり、そのなかで完熟に近いものを1個食べてみたら、まずまずであった。このまま枯れないでほしい、と願っている。
 一方、自宅前の畑でもメロンを20株栽培しており、こちらはより小振りの「網干メロン」で、いまだ枯れないでいる。湿気にはけっこう丈夫な品種さ。そして、その2割程度が完熟し、今日、30個弱を収穫できた。1個試食してみると、まずまずの甘さ。去年より味が落ちる感がするが、これはいつまでも梅雨が続き土が湿っているからであろう。
 でも、十分な甘さがあり、今日から、バンバン食おう。贈答用にするには、いかにも小振りでみっともなく、自家消費するしかないからだ。
 こうして、果物大好き人間の小生は、当分の間、毎晩メロン三昧を満喫できる。
 今年は、夏野菜は無肥料栽培2年目ということでほぼ全滅状態だが、メロンはこれも無肥料栽培2年目であるものの、生り方は有機肥料栽培時と大差ないから有り難い。
 なお、枝豆は肥料が少ないほうが実の付きがよく、無肥料栽培枝豆第2弾の収穫も今日から始まった。これでもって、何とか食卓をごまかせる。
  
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
神社祭事の直会で割子弁当につき、脳トレ休み

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.28 石作神社で今年度最初の行事

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 昨日は昼間に台風が通過し、今日はまだ梅雨が明けず、曇の予報で雨も若干心配されていた。でも、朝からけっこう晴れて、今日、石作神社で今年度最初の行事(大祓祭:祭事は午後3時から)に総代として参加せねばならないのだが、雨に降られず、助かった。
 諸準備で、総代は午後1時半に集合。早速、2、3人で竹ぼうきを持って落ち葉を掃く。他の人は祭壇の飾り付けやお供えの準備。外作業は晴れているから10分もすれば汗びっしょり。休み休み小30分やって終わりとし、のぼりを揚げる。2時すぎには終了し、クーラーの利いた社務所で涼をとる。2時45分前後には5村長さんが来られた。もっとも、村長といっても明治初期の部落の村長であって、すぐに5か村合併で上羽栗村となり、小生が小学校に入学したときはまだ上羽栗村のままだった。
 今では15前後の自治会に分かれ、旧5か村毎に1~数自治会を束ねた部落連合自治会長を置くことになっている。これが明治初期の村長に当たる。この村長さん方を招いて石作神社で年6回の祭事を執り行うのである。旧5か村には氏神様があるが、石作神社はこの5つの神社を束ねた一段上の格式の神社である。当該格式を銀弊社という。さらに一段上を金弊社という。これは昔の郡に概ね1か所のようである。
 石作神社が銀弊社を名乗れるようになったのは比較的歴史は浅い。昭和3、40年代ぐらいではなかろうか。というのは、先日、自宅2階の片づけをしていたところ、紙箱に入ったままの未使用のふろしきが20個ぐらい出てきた。その中にうろ覚えだが「石作神社 銀弊社 拝命(?)記念」と染め込んだふろしきがあったからだ。

 話は外れるが、何十年か前は、何か事があると風呂敷を記念品に出したようだ。結婚式、議員さんの勤続25年の祝い、などなど。今はほとんど使わなくなってしまったふろしきだが、2、3枚あると重宝する。さて、20枚もの新品のふろしき、いかがしたものか。色柄をみても、これは高級品だ、というものは1枚もない。今使っているものより劣る。よって、全部古着として資源回収に回すこととした。

 話を戻す。さて、この銀弊社なり金弊社であるが、この格付けは全国的なものではなく、岐阜県独自のようである。一般には、その昔の諸社に格付けされる府県社・郷社・村社の3段階分類のようだ。岐阜県においては郷社を金弊社、村社を銀弊社としたのであろう。なお、その下の氏神様となると銅弊社と呼びたくなるが、そうした言い方はしない。
 石作神社の6つの祭事にはそれぞれ名称が付いている。今日の大祓祭(おおはらいさい)は、神社にはお祓いは付き物で、半年分まとめて夏と冬に行われる。夏は7月下旬の日曜日で、冬は大晦日だ。そして、10月17日(日にち固定)の例大祭、11月の新嘗祭、元旦の四方拝祭、3月の祈年祭で1年の行事が終わる。
 大がかりに行う例大祭以外の祭事は、宮司の祝詞(のりと)、玉串奉奠(たまぐしほうてん)、献饌(けんせん) ・撤饌(てっせん)といったところだ。なお、献饌とはお供え物を御神前にお供えすることであり、撤饌とはそれを下げることである。
 この献饌・撤饌を行なう人は、大きな神社であれば複数の宮司、当地の氏神様では総代であるのだが、石作神社では旧村長が行う。以前、宮司さんに聞いてみたのだが、それぞれの神社でそれぞれ思惑があるのでしょう、とのことであった。
 旧村長で氏神様の総代をやったりして献饌・撤饌の経験を有する者はまずいない。そこで、事前に予行演習をさせるのである。なんともお気の毒。そして、やり方を覚えたはずなのに、間違えたり、動作がぎこちなかったりする。その癖は治らず、次回以降も同じ間違いやぎこちなさが続く。
 旧村長は任期はたいてい1年であり、毎年顔触れが変わるから、こういうことになってしまうのだが、その点、総代だと任期は最低3年あり、総代のうち何人かは神社庁が主催する研修会にも参加するから、献饌・撤饌のやり方はビシッと決まる。
 総代長に、総代が献饌・撤饌をやったら、と、よっぽど進言しようかと思うも、小生は半分お客様の平総代ゆえに言いだせないでいる。古い歴史を誇る神社ゆえ、古来からのしきたりはそう易々と変えられないであろうし。
 今年度で3年任期が終わる小生。祭事では、ただひたすらもくもくと同じ作業を繰り返すことによって、はい、さようなら、ということになろう。
  
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
6品思い出す。うち1品はなし。ただし、その1品は確かあったはず。当日、食事2時間後のメモに書き忘れた可能性が極めて大。

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.27 血圧は年齢とともに上がる、高血圧は病気ではない

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 「からだの雑学事典」(佐伯誠一)からの引用記事を7月3日に書いたのだが、読み終わってみて、けっこう面白い記事が何本かあった。今日は、その紹介の最終回。
(以下引用)

 血圧は年齢とともに上がる
 心臓が伸縮して血液を押し出すときの圧力が血圧だ。心臓が縮むと血圧は最高に達し、これを最高血圧、またの名を「収縮期血圧」と呼ぶ。めいっぱい広がって次に縮む直前、血圧はいちばん低くなる。これが最低血圧、別名「拡張期血圧」。
 血圧は心臓から遠い場所ほど低くなる。心臓から出たところの最高血圧が140の人なら、上腕の動脈で120、足の先で90、最後の毛細血管では20に落ちている。
 ふつう、血圧というときは上腕の動脈で測った圧力のことだ。そして、血圧120ミリというと、重い水銀を12センチも押し上げる圧力のことで、もしかりに水なら170センチもふき上げるすごい力だ。
 血圧は朝より昼が高いし、寒いと上がる。夏と冬では20ぐらい違う。トイレを我慢したり緊張すると高くなるし、性的なことを想像しただけでも上昇する。それに40歳を過ぎると健康な人でも血圧が上がっていく。これを本態性高血圧と呼ぶ。
 本態性というのは、血圧が高くなるということ以外には、何の異常もないということで、一種の生理現象だ。血圧は、人によって、上がりやすいタチの人と、上がりにくいタチの人がいるのだが、時間が遅れるだけで、誰でも、いつかは上がる。40や50で上がらなくても、70歳、80歳になると、やはり上がる。
 高血圧は病気ではない
 血圧が高いということは、病気ではない。それどころか血圧が高いと血の巡りがいいのだから、喜ばなくてはいけない。(中略)
 人間の血管は、ふだんの10倍の圧力を加えてみても破れないほど弾力がある管だ。だが、どこかもろくなった箇所があると、そこがはじけて裂ける。脳卒中(※)は脳の中の動脈がもろくなり、血液がどっとあふれ出たものだ。動脈硬化こそ卒中の原因で、単なる高血圧だけでは血管は破れない。高血圧と動脈硬化はまったく別の病気である。
(以下、引用略)

 いかがでしょうか。「血圧は年を食えば上がって当然。血圧が高けりゃ血の巡りが良くなって喜ぶべし。血圧は1400(あり得ないが)になっても血管は破れやせん。なんも気にせんとてええ。」ということになる(これが正しい)のだが、佐伯氏はそう断言せず、医者の回し者のような解説をもしておられるので、間違い直しをしつつ、それを併せて以下に紹介しよう。
 まず、引用文中の(※)について、ちょっと注釈を入れておく。著者佐伯氏は医学の専門家ではないからか、「脳卒中は…血液が…あふれ出たものだ」と、正しくは「脳出血」のことを、かように書いておられるが、これは明らかな間違い。「脳卒中は、血管が詰まる脳梗塞と血管が裂ける脳出血・くも膜下出血を含めた脳の血管系疾患の全体」をいうのであって、血管の破れ、詰まり、その両方をいうのである。
 それと最後の一文「高血圧と動脈硬化はまったく別の病気である。」は、いただけない。見出しで「高血圧は病気ではない」と言っておきながら、高血圧が病気にされてしまっている。(もっとも、これは「(以下、引用略)」とした部分の記述との関連でそうなったきらいはあるが。)
 さらに付言すれば、動脈硬化も病気ではなく、「血管が硬く脆くなり、内壁にコレステロールなどが沈着して血液の通りが悪くなる」状態のことをいうのであるから、いまだ未病の段階にあり、あえていうとならば「動脈硬化症」だ。
 なお、現在では、高血圧も「高血圧症」と言われることが多くなったが、動脈硬化ほどには血管系疾患との因果関係はなく、佐伯氏が言われるように「血圧が高いと血の巡りがいいのだから、喜ばなくてはいけない。」のであって、「本態性高血圧」と呼ぶにとどめおくべきものである。

 ところで、「(中略)」の部分には、次のように書かれている。
 ただ、高血圧が何らかの原因になって、さまざまな症状が起こる。それが問題なのだ。
 そして、「(以下、引用略)」には、現在言われていることと全く同じ“脅し文句”が書かれている。それを以下に全文引用することとする。
 血圧が高くなると、心臓は自らの筋肉を肥大させてそれに耐えようとする。そのため心臓そのものが拡大して機能が低下し、心不全を起こす。さらに心臓に栄養を送っている細い動脈の硬化が進んで、心臓が栄養不足や酸素不足になり、狭心症や心筋梗塞を起こす恐れがある。
 高血圧は病気ではなくても、脳卒中、心臓病、動脈硬化などを起こす要因になっている。脳出血や心筋梗塞、狭心症を除くには、そのもとの高血圧を何とかしなくてはならない。それで、高血圧を病気扱いにするのだ。世界保健機構では、最高血圧が160ミリ以上、または最低血圧が95ミリ以上を、高血圧と定義している。
(以上で全文引用完了)

 本書が出版されたのが1984年で、すでに35年も経っているが、佐伯氏の捉え方に2通りある。その時代以前の捉え方「高血圧は本態性であり、血の巡りがいいのだから喜ばなくてはいけない。」というものと、たぶんこの頃から騒がれだしたであろう「高血圧が何らかの原因になって、さまざまな症状が起こる。それが問題」というもの。
 前者だけに止めておけばいいものを、後者に言及するから一言文句を言いたくなる。

 まず、心不全に関する記述だが、心臓の筋肉はそんなに華奢(きゃしゃ)なものではない。年を食えば高血圧であろうとなかろうと、心臓肥大は避けられないものの、けっこう元気に動いてくれるものである。ただし、いつまでもその元気さは保証されるものではなく、心筋梗塞や大動脈解離または大動脈瘤破裂といった突発性疾患がなければ、やがて心臓は機能不全となり、ご臨終ということになるのだが、死因が老衰と診断されるのはまれで、多くは心不全と診断されるだけのこと。
 高血圧が起因して血管系疾患を誘発すると盛んに言われているが、降圧剤でもって血圧を下げた結果、逆に血管系疾患を誘発するという報告もあり、高血圧と血管系疾患との間にはたいした因果関係はないというのが本当のところだ。血管系疾患は飽食と運動不足が原因と言った方が当たっているのである。

 その後、どんどん高血圧が口やかましく叫ばれるようになり、現在ではWHO(世界保健機構)の高血圧基準は最高血圧が140mmHg以上、最低血圧が90mmHg以上になっており、日本の医学界も概ねこれに準拠している。
 で、現在、日本の高血圧の基準値はどうなっているかというと、非常に複雑化させており、巧妙に仕組まれている、といってよいであろう。基本は140と90であるものの、130どころか120までが登場している。一方で、年齢区分は極めて荒っぽく、加齢とともに上がっていく血圧につき、高齢になればなるほど高血圧症にされてしまう。こうして、「皆、血圧の薬を飲め」とばかり、悲しいかなますます薬漬けから脱却できなくなっている日本の医療制度である。
 そして、けっこう若くして(40代、50代で)血管が詰まる疾患を発症するのが近年の傾向であり、これが増え続けている。これは、ますます高度文明社会になって、飽食と運動不足、これにストレスが加味されてのことであり、この3大要因の除去なくして血管系疾患からの脱却はあり得ない。しかし、これはどだい無理な話。今さら狩猟採集民には絶対に戻れないのであるから、これを甘んじて受け入れるしかないのである。

 さて、高齢者が血圧の薬を飲めば、血圧が下がって血の巡りが悪くなるのであり、体全体の元気さが失せてしまい、かえって様々な疾患を拾うことになるのである。うち一番の問題が、年寄りはただでさえ脳血流が悪くなるのであるからして、血圧の薬なんぞ飲めば“ボケ街道まっしぐら”への道を突き進むしかなくなるのだ。今日の日本は、高度文明社会の便益をたっぷり享受できて実に有難いことではあるが、それがために、皆、長寿となり、そのあまりの長寿が災いして痴呆症が多発する。痛しかゆしである。
 ここで、小生はあえて痴呆症と言い、認知症と言わなかったのは、「痴呆という症状を呈するから痴呆症なのであって、逆に認知できるのであれば非常に健康な頭をしており、認知症とは痴呆が治ってしまう状態」をいうからである。ボケを認知という言葉を使って表現したいのならば、認知不全症とでも言うべきだ。

 高齢者と呼ばれる年齢になったら、その先はそう長くはないもの(人生100年時代というから随分先になるかもしれぬが)と、こころえ、年を食えば食うほど、いくら健康に留意したとしても最期は血管系疾患で逝く可能性がどんどん高まるのであるからして、高血圧を甘んじて受け入れたいものである。そのいい例が、「ピンピンコロリ」運動を展開してみえる長野県で、お年寄りたちの最新の合言葉は、これが一番苦しまずに死ねるからであろうが「脳血管障害で95歳で死のう!」となっているようだ。
 長野県のこの例は、例外であって、世間一般、どううわけか日本人の年寄りどもは、“俺は死にとうない”とばかり、医者から単なる延命措置にしかならない薬をガバチョともらい、ヨタヨタになっても悪足掻きしまくる輩があまりに多い感がする。どうやらこれは日本人の無宗教性(ここでいう宗教とは、超越者である特定の神を唯一絶対の存在とする一神教)が災いしているのではなかろうか。そんなふうに小生は思う。

 本稿は、途中まではこのブログの“一楽”に沿った明るい内容の記事であったが、引用の後半からは別立てブログ「薬屋の…」にふさわしい暗いボヤキ記事になってしまった。
 読者の皆さん、お許しあれ。 
  
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
5品思い出す。うち2品は別のもの。他に1品。3/8で40点

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.26 頭のいい人は脳が重いか

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 「からだの雑学事典」(佐伯誠一)からの引用記事を7月3日に書いたのだが、読み終わってみて、けっこう面白い記事が何本かあった。今日は、その一つを紹介しよう。
(以下引用)

 人間の脳は、大脳、小脳、中脳、延髄からできている。そのうち大脳は、脳の中でいちばん大きく、脳の大部分を占めている。
 大脳は、脳の中でも最も重要なはたらきをし、人間の知恵のもとだ。このはたらきをするのが、大脳の表面の大脳皮質に並んでいる神経細胞と、神経細胞から出ている突起である。
 大脳の表面の皮は平均2.5ミリの薄さしかなく、深いしわが寄っている。しわを伸ばして広げると、おとなで約2200平方センチ、ちょうど新聞紙1ページの広さになる。これが大脳皮質である。そして、ここには神経細胞が140億個もぎっしり並んでいる。
 ところで、脳の重さと頭のよし悪しはまったく関係ない。
 日本人の大脳の大きさは、成人男子で1000~1400グラム、女子で1200~1250グラム。
 もし脳が重いほどいいというのであれば、男性は女性より常に利口ということになるが、こんなことを真面目に信じる人はいないだろう。
 まして4キロ以上もあるゾウや、9キロ以上もあるクジラが、人間よりはるかに利口などということはあり得ない。天才や偉人たちの脳の重さを調べても、平均より重い人・軽い人さまざまである。(本項付随イラスト「天才たちの脳の重さもイロイロだ!」に6例示され、小さい例としてノーベル文学賞受賞者アナトール・フランス(男性)の1000gが挙げられている。)
 大脳皮質の神経細胞の数は、年齢、性別、人種などによって異なることはなく、生まれたときから同じであり、年を取るにしたがって、その機能を失うと言われている。
 1個の神経細胞には数十から数千もの突起が出ているが、これが隣の神経細胞と複雑にからみ合っている。大脳に刺激を与えると、このからみ合いが複雑になる。
 頭のよい悪いの違いは、これらのからみ合いの具合、いいかえると神経の配線のよし悪しによるのである。
(引用ここまで)

 最近の研究では、脳の神経細胞は加齢で数を減らしても、部分的に増えることもあることがわかった。それは短期記憶をつかさどる海馬という部分である。
 そして、高齢となっても脳は使えば使うほど神経細胞の突起のからみ合いが増え、これは決して衰えるものではなく、ますます頭が良くなると言われている。年を食うと、そこまでの努力をほとんど誰もしなくなるだけのこと。そして、どんなものも使わなきゃ衰えるのであり、一般的に年を食えば食うほど頭を使わなくなり、神経細胞は減り、突起のからみ合いも消え、やがてボケるのである。
 なお、チンパンジーの脳の構造はヒトと酷似しており、脳の容積はヒトの3分の1ぐらいだから、大脳皮質の表面積となると約2分の1となる。よって、神経細胞の数はヒトの約2分の1を下回るようなことは決してなかろう。ひょっとすると、同じかもしれない。というのは、ネズミの脳は0.4グラムしかないし、イヌは100グラムしかないが、けっこう利口な動物であるからだ。
 となると、ヒトはボケボケしてはいられない。毎日ボヤーッと過ごしていると、頭の良さはチンパンジーに負けてしまうかもよ。
 これに対する反論として、「チンパンジーのおでこは小さく、おでこの内側にある前頭葉(記憶を照らし合わせて判断を下したり、ものごとを考えたりする“人間らしさ”を表出する大脳)が発達していないから低能だ。」という説明がまかり通っている。
 しかし、ヒトの頭蓋骨は単に幼形成熟しただけのことであり、生まれたばかりの赤ちゃんはヒトもチンパンジーも頭蓋骨の形は似ている。チンパンジーは、幼いときに比べて大人になるにしたがい頭蓋骨をかなり変形させ、顎を発達させたにすぎない。脳の神経細胞の数はヒトもチンパンジーも生まれたときと大人になったときと変化はないのだから、この説明は間違っている。
 先に言ったように「脳は使えば使うほど神経細胞の突起のからみ合いが増える」のであるからして、我々は、チンパンジーに負けないよう、毎日頭を使わなきゃいかんのです。

 ところで、ヒトと類人猿の頭脳はどれくらいの違いがあるのか、その事例紹介を別立てブログで記事にしていますが、面白いものを4つ紹介しましょう。
・夕陽を見つめるチンパンジー(Vol.2)
 http://suiseisnka.blog.fc2.com/blog-entry-22.html
・歌を口ずさむゴリラたち
 http://suiseisnka.blog.fc2.com/blog-entry-23.html
・首飾りをつくるオランウータン
 http://suiseisnka.blog.fc2.com/blog-entry-24.html
・瞬間記憶ができるチンパンジー、これができない人間
 http://suiseisnka.blog.fc2.com/blog-entry-62.html
 
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
3日前と1日前がごっちゃ。0点。チンパンジーに負けたかも。

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.25 正座、足のしびれない座り方

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 「からだの雑学事典」(佐伯誠一)からの引用記事を7月3日に書いたのだが、読み終わってみて、けっこう面白い記事が何本かあった。今日は、その一つを紹介しよう。
(以下引用)

 足に血液を送る血管は、太い1本の血管が枝分かれしている。血液が順調に流れれば、足はうまく動く。だが、正座を長くしていると膝の太い血管が圧迫されて、足の先まで血液がうまく流れなくなる。そのため足がしびれて、ぴりぴりと変な感じがしたり、立てなくなったりする。
 …正座してしびれないコツは、足のひとところに体重がかからないように、うまく座ることだ。また、座りながら、ときどき足を動かせば、しびれにくい。
 たとえば、両足の親指を重ねて正座し、ときどき親指を上下に入れ替えれば、親指の運動ができてしびれない。茶道の先生や坊さんが長時間正座していてもしびれないのは、座り方がうまいし、訓練しているからだ。…
(引用ここまで)

 まあ、これは通常言われていることで、これでもって、すぐにいつもより長時間正座ができるようになるものではないと思う。
 小生は、けっこう長い時間、正座ができる。これは、たったの1回だけだが、長時間の“修行”のおかげだ。30年も前のことだろうか、東京の親戚の葬式に行ったとき、会場は公民館で、びっしり参列者が入り、なんと板の間で1時間も正座させられっ放し。足はしびれ、痛みを通り過ぎて無感覚。葬儀が終わって立ち上がろうにも、全く足がいうことをきかない。恐れ入りました、です。
 これ以来、法要など座布団を敷いての正座は、読経が1本終わるまで平気になった。もっとも、すぐにサッと立ち上がるのは無理だが。そして、料亭の座敷で宴席がある場合も、正座していることが多い。このほうが楽なのである。長時間あぐらをかいていると腰が痛くなるからだ。
 ところで、我が宗派は有難い。浄土真宗の場合、法要などの最後にたいていは「御文様」が読まれる。これを聞いている間は、座ったままで頭を低くする。すると、その間、ケツを気持ち浮かせぎみにし、それでもって足の血流を回復させることができるのだ。うまいことを坊主は考えたものだ。これによって、ああ、全部終わった、すっくと立って蝋燭を消そう、お布施を坊さんに渡そう、と、ササッと行動に移せるのである。
  
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
5品思い出す。正解。100点

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.24 考えなくても手足が動く

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 「からだの雑学事典」(佐伯誠一)からの引用記事を7月3日に書いたのだが、読み終わってみて、けっこう面白い記事が何本かあった。今日は、その一つを紹介しよう。
(以下全文引用)

 目で見たものや、足で感じた痛みなどは、知覚神経を通って脳までいき、脳が判断して、何かをしろという命令を出す。それを手足に伝えるのが運動神経だ。
 だが、とっさに何かをするときや、常にやりつけていることをするときには、脳まで刺激が届かないうちに、途中の延髄やせき髄から命令が刺される。このように、脳までの信号が届かないうちに、途中から命令が出るのが反射である。
 たとえば、熱いものに触れると、思わず手をひっ込める。
 こういうときは、熱いという信号が知覚神経によって、せき髄を通るとき、そこから命令が出て、運動神経を通って筋肉にもどり、手をひっ込ませるのだ。
 反射運動は、信号が脳まで届いて考えてからでは間に合わないような危険から、とっさに身を守るのに重要なはたらきをしている。
 ピアノの演奏や野球などの運動も、練習を重ねると、考えなくても手足が上手に動くようになるが、これも、反射運動を利用しているのである。
(引用ここまで)

 ピアノの演奏家や野球選手はすごい! 凡人の自分にはとても…、と思ってしまうが、凡人だって、どっこいどっこいの反射運動ができる優れ者なのである。例えば、自転車だ。まったく意識することはないが、ほんのわずが微妙に左右どちらかの手を瞬時に押し出したり手前に引いたりしてバランスを取り、決して倒れないようにしているのである。そればかりではない。直立二足歩行だってそうだ。われわれ人間は、いとも簡単にこれを行なっているが、これも反射運動のおかげで、よろめかずに歩いていけるのである。
 くわえて、この反射運動がすごいのは、何年経ってもこれを記憶していることである。ずっと自転車に乗っておらず、何年ぶりかに乗っても、ちゃんと倒れずに走れるのだから。この反射運動記憶のことを俗に「手が覚えている」という。
 4年前に記事にした、神社での〆縄づくり。逆ひねりの三重編みという特殊なものであり、50年ぶりに行ったのだが、子どもの頃に毎年〆縄づくりの手伝いを嫌というほどやっていたから、ちゃんとできた。脳で記憶していたのではなく、手が覚えてくれていて、なんも考えなくても手が勝手に動くのである。その記憶力ったら脳に勝るかもしれぬ。
 
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
7品思い出す。うち1品は別のもの。6/8で75点

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.23 赤身のからだと白身のからだ

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 「からだの雑学事典」(佐伯誠一)からの引用記事をここのところ書いているのだが、読み終わってみて、けっこう面白い記事が何本かあった。今日も、その一つを紹介。
(以下、部分的に引用)

 赤身のからだと白身のからだ
 魚には、赤身の魚と白身の魚とがある。…
 赤筋は運動がゆっくりしているが、疲労が少ないので長続きする。白筋の運動は敏速だが、すぐにくたびれてしまう。…
 マグロやカツオは絶えず泳ぎ回るので、赤筋が多い。逆にヒラメなどは、ふだんは海底の砂にかくれ、えさが近づくと飛びついて捕食するので白筋が多い。
 人間も同じこと。人間の筋肉は、たくさんの筋繊維が束になってできているが、この筋線維に赤筋と白筋がある。収縮時間が速くて強い力を出すのが白筋で、収縮時間は遅くて発揮する力は弱いが、長続きするのが赤筋だ。
 白が多い赤が多いかは人によって違う。マラソンの一流選手のほとんどは赤筋の比率が7割以上。逆に短距離のスプリンターは白筋が7~8割を占めている。マラソン、長距離走、水泳の選手は赤筋が多く、短距離走、円盤投げ、重量挙げなど瞬発力が不可欠な選手は白筋が多い。中距離走の選手は、赤、白ほぼ半ば。
 赤身人間か白身人間かは生まれつき。人間にもマグロ型とヒラメ型があるわけ。
(引用ここまで)

 ついでながら、別の項より、部分引用します。
 運動するということは、筋肉を伸び縮みさせることである。筋肉を伸び縮みさせるエネルギーは、…すべてが運動のエネルギーになるのではなく、75パーセントは熱エネルギーになってしまう。(引用ここまで)

 いかがでしたか。「赤身人間か白身人間かは生まれつき」というのは面白いですね。ところで、本書には書かれていませんが、長寿科学健康財団のサイトに「白筋は加齢とともに減少」と題して、次のように解説されています。併せて紹介しておきます。
 筋線維タイプの構成比の特徴を加齢との関係でみてみると、高齢になると白筋が減少するといわれています。
 白筋の特徴は、素早く収縮し大きな力の発揮できることでした。高齢者の動作の特徴として、動きがゆっくりとなり、筋力の弱くなることが挙げられますが、その要因の一つに白筋の加齢に伴う減少が関係すると考えられています。但し、加齢に伴う白筋の減少は生理的に避けられないことか、使わないから減るのかについては現在もまだはっきりしていません。
 ヒトのからだは適応力を持ち、使えば発達しますが使わなければ衰えてしまいます。いつまでも活動的でいることが、高齢になっても機敏な若々しい動きを保つ一つの方法といえるかもしれません。
  
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
6品思い出す。うち2品は別のもの。4/8で50点

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.22 さあ今日からラジオ体操、といっても今日だけだが

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 自宅の隣にある「ちびっこ広場」、毎年ここで当地区の小学生のラジオ体操が行われる。夏休みになって平日は毎日行われ、7月末で終了。今日が初日である。
 近年は、自治会もこれに参加を呼び掛け、初日のラジオ体操終了後に、この公園の清掃をすることになっている。この清掃が簡単に終わるよう、先日、自治会長ほか2人と小生の4人で除草剤を散布したところである。
 今朝、外で子供の声がするのが聞こえてきて目が覚める。時刻は6時20分。いったん5時前に目が覚めたのだが、いかにも早いから寝直したがために、こうなった。こりゃあラジオ体操に遅刻する。あたふたと身づくろいし、滑り込みセーフで公園へ。
 いつやっても感じるのだが、ラジオ体操のスピードには着いていけない。いかにも早すぎて、着いていくとなると、手足をチョコチョコっと動かすだけで腰の運動など肝腎な所の体操はゼロに等しくなる。よって、飛ばし飛ばし体操をすることになる。子供向けの普通のスピードと年寄り向けの鈍速もの、これを分けてやってもらいたいところだが、それをラジオで流そうにも、同一時間帯では無理な面があろうから、いたしかたない。
 さて、ラジオ体操が終わり、公園の清掃。下見してあるから、心得たもの。まず、除草剤に強い雑草があり、これを鎌で根元から刈り取って歩く。拾い集めは子ども達に任せる。次に、公園のトイレの清掃。これは何年も前から小生が買って出て、毎月1回第3日曜日頃に1人で行っており、昨日は選挙事務で出来なかったから、今日実施。まだ時間があったので、トイレ近辺の柵に寺から伸びてきているツル植物を切り取って、そのツルは寺の境内に投げ入れ、その処理はお寺総代にお任せ。これで、柵がすっきりした。
 30分もしないうちに自治会長が集合をかける。本日の清掃終了。
 明日からもしばらくの間、ラジオ体操で付近の住民も何人か参加されるようだが、先に言ったとおり、そのスピードに着いていけない小生ゆえ、参加は見送り。よって、ラジオ体操をやるのは、清掃がらみで今日だけ。
 清掃が終わり、お開きになって、暫くしたら雨がポツポツ降り出した。お天道様、よくぞ我慢してたもうた。感謝、である。
 梅雨がなかなか明けない今年。雨がよく降る。でも、ここぞというとき、雨が上がってくれていることが大半であり、助かっている。もう一度、お天道様に感謝。
  
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
選挙事務で割子弁当、脳トレならず

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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7.21 参院選投票所管理者を無事に務める

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 今日は参院選の投票日だ。小生は選挙管理委員補充員の肩書を持つ。補充員とは変わった名称だが、委員代理といったところだ。何年か前、委員さんの体調が思わしくなく、開票管理に立ち会えないかもしれぬから、もしそうなったら代わりに開票所に詰めてくれるよう役場から依頼があった。そうしたことから、委員代理なのであろう。
 さて、小生の任務は、我が小学校下住民の投票所「やすらぎ苑(老人福祉施設)」の投票管理者である。小生と同じ肩書を持つ方がもう1人おられ、選挙ごとに輪番で任務に就く。今回は小生の当番。投票所の最高責任者ということになるが、それは名目上のことであって、実務は全部役場吏員がやってくれるし、問題が起きた場合は、こんなことは一度もないが、投票所詰めの役場吏員が本部詰めの役場吏員に相談して対処してくれる。
 よって、何も仕事がないといっていいほどであり、暇を持て余す。せいぜい投票済証明書を交付する事務ぐらいなもの。投票時間が13時間もあり、その前後30分、合計14時間“働かされ続ける”過酷な勤務。

 そうしたなかで、今回、“刺激的”な任務が与えられた。マスコミからの出口調査の要請処理だ。役場吏員が“管理者様、朝日新聞が出口調査をしたいと言って来られましたが、応対をお願いします”という。久しぶりの出口調査ではあるが、今まで承認を求めてきたことはない。勝手にやってきて、勝手にやっていた。時代が変わったのであろう、マスコミも仁義を切るようになった。
 応対に出たところ、絶世の美女。“どうぞ、どうぞ。ご苦労様です。”と即座に承認する。彼女が“場所はどこで…”と聞くから、さすがこれについては独断せず、“事務局職員から…”と言ってバトンタッチ。さて、小生はヘビースモーカー。1時間経つとタバコが吸いたくなる。でも、建物内禁煙ばかりか敷地内禁煙となっており、敷地の端っこにあるトイレに行って、用を済ませて敷地外に出て道路で紫煙をくゆらす。その行き来をする段に、彼女と目が合う。“ご苦労様”と声をかける。彼女がほほ笑む。“刺激的”である。
 過去にNHKとか中日新聞とかが出口調査に来ていたが、だいたい2時間ぐらいだったと思うが、今回は3時間以上やっていた。1時間に1回、タバコを吸うために外へ出るから、それがよくわかる。仕事熱心な彼女であった。
 何もやることがない退屈な仕事だから、こうしたことが“刺激的”と感ずるのである。
 
 補充員の職は町議会の承認を経て、今年の3月に再任されたばかりであり、これから4年間勤めねばならぬ。最初の任命は平成7年であり、6期24年勤め、今年7期目に入った計算になる。今回の任期が終了すると小生は74歳を過ぎている。今期で終わりにしないと体が持たんかもしれんなあ、と思ったりする。
 しかし、この役をやっていると大いに助かることがある。町長選挙や町会議員選挙に巻き込まれないで済むことだ。“わしゃあ、選管をやってるから…”と、全部逃げられるからである。また、代議士の後援会に名を連ねることも避けられ、変なお付き合いもせずに済むのである。何かと便利な役職である。
 やっぱり、さらにもう1期やったほうが利口だろうなあ。
  
<2日前の日記:夕食>(記憶力増強トレーニング ※2
6品思い出す。うち3品は別のもの。他に1品。3/10で30点

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、このブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
※2 2014.6.3ブログ記事「 100歳までボケない101の方法 」で書きましたが、その中で衝撃を受けたのが「2日前の日記を付けよう」で、次のように書かれています。
 記憶力を維持し、さらには高めることができ、ボケ防止に役立つ効果が大きいから、ぜひやってみてください。例えば2日前に食べたものを思い出すのはどうでしょう。前日のことならかなり鮮明に覚えていると思いますが、2日前となると途端にあやしくなりませんか。
 よって、小生も早速2日前の日記を付け始めたところです。
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